日本は超高齢社会を迎え、人生100年時代ともいわれます。1963年は100歳以上の高齢者は全国でたったの153人でしたが、1981年には1,000人、1998年には1万人を超え、その後も右肩上がりで増え続け、2022年の9月時点でなんと9万人を超えました。余談ですが100歳以上人口の89%は女性です。もちろん長生きすること自体はとても好ましいことでありますが、高齢化に伴う様々な弊害が問題となっています。その代表が皆さんご存知「認知症」です。
厳密には認知症になること自体が問題なのではなく、認知症が進行することによって「適切な判断ができなくなる」ことが問題なのです。では認知症により適切な判断ができなくなるとどのような問題がおこるのでしょうか。
認知症になると自分でお金を管理することが難しくなっていきます。例えば預金の管理。身に覚えのない出金が増えたり、不必要に多額な預金を引き出したりと、経済的に損をしてしまいます。また、その出金した現金も所在がわからない、高額な買い物をしてしまうなどの弊害があります。
認知症になると銀行で定期預金などが解約できなくなる可能性があります。定期預金の解約は預金者本人が直接窓口に行き手続きをする必要がありますが、預金者本人が窓口に行けない場合、普段介護をしてくれている子どもでも代わりに解約することはできません。それならキャッシュカードでお金を引き出せる普通預金なら大丈夫と思われるかもしれません。確かにお金を引き出すこと自体はできるかもしれませんが、そもそもご本人以外の方がキャッシュカードを使うこと自体が法的に好ましくありません。また、キャッシュカードの磁気が壊れたり、紛失した場合、キャッシュカードの再発行手続きを家族が代わりにすることはできないため、普通預金であってもお金を引き出せなくなるリスクがあります。
※北九州銀行のキャッシュカードカード規定でも、キャッシュカードは他人に使用されないよう保管・管理していただくよう明記しております。
例えば、親が老後に備え定期預金をしていても、その親が認知症になるとその定期預金が引き出せなくなることは先ほど述べました。その場合、子が親の介護費用を立て替えざるを得なくなります。子に経済的余裕があればいいのですが、子自身も生活があり、孫の進学時期などと重なると、親の介護費用の立て替えどころではなくなります。
不動産の所有者が認知症になると不動産を売ることができません。親が持っている不動産を子どもが売ろうと思っても、不動産業者は所有者である親の意思確認ができない場合、対応してもらえません。また、不動産を売る際に買主への名義変更を司法書士にお願いするのが一般的ですが、この場合もやはり所有者である親の意思確認ができない場合、司法書士は名義変更手続をしてくれません。結果、不動産を売ることができなくなります。
相続対策として生前に親から子、孫にお金を贈与するケースがあります。贈与をするためには財産をあげる親と財産をもらう子や孫との「贈与契約」が必要です。でも、親が認知症の場合、その贈与契約をすることが難しいので、贈与そのものが成立しない可能性があります。たとえ、形だけ贈与の契約書に親の署名・捺印があったとしても、その契約が本当に有効かどうかが後々問題になり、その親が亡くなった後に税務署から贈与自体が否定される恐れがあります。また、相続争いを防ぐために有効な遺言も親が認知症だと難しいと言わざるを得ません。遺言は親自身の意思で「誰に・何を・どれだけ」相続させるかはっきりと文章にする必要がありますが、認知症だとそれが難しいからです。子どもが誘導して認知症である親に遺言を自筆で書かせても、その遺言が正当なものか親が亡くなった後に争われ、相続争いを招く恐れすらあります。また、公証人に遺言を作成してもらう公正証書遺言の作成についても、あくまで親が明確な意思を公証人に伝える必要があるため、認知症の場合、公証人が遺言の作成に応じない可能性が高くなります。
では認知症の対策としてはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは代表的な二つの制度をご紹介します。
法定後見制度とは、例えば親が認知症で適切な判断ができなくなった場合に、子などの家族が家庭裁判所に「親の代わりに財産を管理する成年後見人を選んでください」という手続きを行い、家庭裁判所から選任された成年後見人が親のお金や不動産を管理するという制度です。成年後見人はとても幅広い権限をもっており、ご本人のお金や預金の管理から不動産の売却まで本人の代わりに手続きをすることができます。また、本人が訪問販売で不要なものを買ってしまった場合でも、成年後見人であれば簡単にその契約を取り消すことができます。
法定後見制度のデメリット
法定後見制度については、次回掲載予定
家族信託とは、信頼できる家族にお金や不動産の管理や売却をお願いする「信託契約」をすることで始まります。この信託契約は親子間ですることがほとんどですが、信頼できる人であれば誰とでも契約することができます。また法定後見制度が親が認知症になった「後」から始まるのに対し、家族信託は親が認知症になる「前」に家族信託の契約をする必要がありあります。家族信託は家族間の契約によるので、法定後見制度と違い裁判所は一切関与しません。いわば「家族による、家族のための財産管理」が実現できます。
認知症になると親の預金が引き出せなくなったり、不動産を売ることが難しくなります。そうなると、場合によっては親の介護費用を子が立て替えなければいけません。また親が施設に入るための費用を用意するために、空き家になった実家などを売ろうとしても、売ることができません。親としては、晩年は子どもを頼りにすることになり、せめてその費用くらいは自身のお金で賄いたいと思いますが、そのお金が全く使えない可能性があるのです。
私は15年に渡る司法書士生活の中で、親が認知症になってしまい子どもが困るというケースをたくさん見てきました。親の面倒を見ようと思ってもその資金がないとどうしようもないですよね。そのためにも親子でしっかりコミュニケーションを図り、認知症によるリスクを正しく認識することが重要です。
このコラムを書いたのは、、、
【執筆者/福田修平】
2007年法人設立。不動産登記を中心に幅広い相談を請負う一方、認知症等が原因で判断が難しくなった高齢者の財産管理をする成年後見をこれまで延べ120件受任。
2015年には新たな財産管理手法として注目される家族信託に取り組み、多くの高齢者の財産管理問題を解決に導いてきた。2018年には相続専門のコンサティング会社「相続アシスト」を設立し、士業の枠組みを超えた活動を展開している。